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山口地方裁判所 昭和35年(レ)16号 判決

控訴人(第一審原告) 高野正男

被控訴人(第一審被告) 山田新松

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、宇部市大字際波字竹ノ下二、一九六番地雑種地(現況農地)一反八畝二三歩につき所有権移転の許可を山口県知事から受ける一切の手続をせよ。

被控訴人は右県知事の許可があつたときは控訴人に対し、右土地につき売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、申立

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、主張

控訴代理人は請求原因として、

(一)  控訴人先代高野助一は昭和一七年七月一〇日当時田地であつた主文第二項記載の土地(以下本件土地と称する)を代金一、三〇三円二〇銭で被控訴人に売渡す旨の予約をなし、昭和二五年一二月一日右売買契約の本契約を締結して右土地を売渡した。仮に然らずとすれば控訴人先代は昭和一七年七月一〇日本件土地を右代金で被控訴人に売渡した。

(二)  被控訴人はその経営する炭鉱事業に本件土地を使用する目的であつたし、控訴人一家は農家であり右土地を長く手放したくなかつたため、右売買契約を締結するに当り次のような特約を附した。

1  被控訴人が本件土地を炭鉱事業のため必要としなくなつたときは速かにこれを原状(田地)に復旧(仕戻)すること。

2  右仕戻完了後二年以内に売主たる控訴人(先代)から再買受の申入があつたときは買主たる被控訴人は買受当時の賃貸価格の二五倍の価格を以てこれを控訴人に売渡すこと。

3  右売買に要する契約費用は免除する。

(三)  本件土地の仕戻は昭和二七年にその一部、一反四畝について昭和三一年に残りの四畝について行なわれ、結局昭和三一年末に全部の土地に対する仕戻が完了した。

(四)  ところで控訴人先代高野助一は昭和二〇年一〇月一一日死亡し、同日控訴人が家督相続によりその地位を承継した。よつて控訴人は前記特約に基き仕戻終了後二年以内である昭和二八年二月以降数回に亘つて買受当時の賃貸価格四三円四四銭の二五倍である金一、〇八六円を上廻る金一、五〇〇円の再買受代金を提供して本件土地の返還を請求したがその都度仕戻の未了を口実にこれを拒絶された。尚控訴人は昭和三三年本件土地の再買受を求めて調停を申し立てたがこれも不調に終つている。

(五)  本件土地は登記簿上その地目が雑種地となつているが現状は農地であり、控訴人が右土地の所有権を取得するためにはまず控訴人被控訴人が連名の上右土地所有権の移転につき県知事に許可申請をしてその許可を得ることが必要である。しかして、控訴人は現在農業を営み田二反以上を耕作しているものである。

(六)  控訴人は前記特約が一応買戻の特約であると考え、買戻代金を超す金一、五〇〇円(慎重を期して契約費用四一四円を含めたものである)を供託した上、被控訴人に対して、控訴人に対する本件土地所有権移転の許可を山口県知事から受ける一切の手続の履行を求めるとともに、右許可があつたときは直ちに控訴人に対し、右土地の売買を原因とする所有権移転登記手続に協力することを請求するため、本訴に及んだものである。

(七)  仮に控訴人が前記特約に基く本件土地の売渡請求に際し、再買受代金の提供をしなかつたとしても、前記売買契約は再売買予約付売買であるから、控訴人が昭和二八年二月以降しばしば行なつた買受申込は本件土地の仕戻完了後においては予約完結権の行使に当るものとなる。よつて、被控訴人は控訴人に対し右土地の買受代金一、〇八六円と引換に前項記載の如き各手続をなす義務がある。と述べ、

被控訴代理人は本案前の抗弁として、

(一)  控訴人は請求趣旨第一点において被控訴人に対し、本件土地につき所有権移転の許可を山口県知事から受ける一切の手続をせよと訴求している。しかし控訴人の本訴請求原因が買戻権の行使であるか又は再売買予約完結権の行使であるかの何れであるにしても、控訴人が単独で被控訴人に対し権利行使の意思表示をなし、これに基く、本件土地所有権の移転に基き、控訴人が単独で山口県知事に許可申請手続をすれば十分であつて、その許可申請には被控訴人の協力は必要でない。この点は昭和二七年農林省令第七九号農地法施行規則第二条第二項の規定が明示するところであるから控訴人の前記請求部分は訴の利益を欠くものである。

(二)  控訴人は請求趣旨第二点において、被控訴人に対し右県知事の許可があつたときは、控訴人に対し直ちに本件土地につき売買による所有権移転登記手続をせよと訴求しているが、これは左に述べる何れの理由によつても訴の利益を欠くものである。

1  前記の如く県知事に対する許可申請手続は控訴人が単独でなすべき性質のものであり、被控訴人はこれをなす法的手段を有しないから右県知事の許可を得ることは不能である。

2  仮りに然らずとするも被控訴人の許可申請に対し、県知事の許可があることは不確実である。

3  仮りに、県知事の許可があることが確実であるとしても、被控訴人が右登記手続を履行しないことが明確であるとは断定しがたい。従つて右請求部分は予めその請求をなす必要のないものである。と述べ、

請求原因事実につき、

(一)  請求原因第(一)項の事実のうち被控訴人が昭和一七年七月一〇日控訴人先代高野助一から当時田地であつた本件土地を買受けたことは認めるがその余の事実は争う。同日行なわれた契約は本契約であつて予約ではない。

(二)  請求原因第(二)項の事実のうち、控訴人主張の如き特約(契約費用の免除の点は除く)が締結されたことは認めるがその余の事実は否認する。

(三)  請求原因第(三)項の事実は否認する。

(四)  請求原因第(四)項の事実のうち控訴人先代高野助一が昭和二〇年一〇月一一日死亡し、同日控訴人がこれを相続し、その地位を承継したことは認めるが、昭和三三年調停の申立がなされたことは不知、その余の事実は否認する。

(五)  請求原因第(五)項の事実のうち本件土地が登記簿上雑種地となつていることは認めるがその余の事実は争う。

(六)  請求原因第(六)項の事実のうち本件特約が買戻約款であることは認めるがその余の事実は争う。

(七)  請求原因第(七)項の事実は争う。と答え、

本案に対する抗弁として、

(一)  本件売買契約は昭和一七年七月一〇日に締結されたものであり、右契約に附された特約は買戻の特約である。しかして、買戻権の行使期間は契約締結の時から一〇年であり、仮に控訴人が売買代金及び契約費用を提供した上、買受の申込をしたとしても、それは昭和二八年二月以降であるから、契約締結の時から一〇年以上の期間を経過している。従つて、その頃には既に右買戻権は消滅していたことになるから、控訴人はその権利を主張することはできない。

(二)  仮に本件売買契約が控訴人主張の如く昭和二五年一二月一日に締結されたとしても本件土地は当時農地であつたからその譲渡に山口県知事の許可がない以上右契約は無効である。従つて、右契約に附された特約も又、それが買戻の特約であるか又は再売買の予約の何れであるかを問わず無効となる。

(三)  仮に本件売買契約が再売買予約付であるとしても、右予約完結権は本件土地の仕戻し完了後二年以内に行使せねばならない。しかして本件土地の仕戻が控訴人主張の如く昭和三一年末に完了したものであるとしても控訴人はこの期間経過後であることが明らかな昭和三五年七月四日の本訴口頭弁論期日において始めて右契約が再売買予約付であることを予備的に主張した上、右権利を行使したものであるから、それは行使期間を徒過した後の権利の行使となる。と述べ、

控訴代理人は、被控訴人の本案前及び本案についての抗弁事実はすべてこれを争う。と述べた。

三、証拠〈省略〉

理由

一、本案前の抗弁に対する判断

(一)  買戻権又は再売買予約完結権の行使は農地法施行規則第二条第二項所定の単独行為に該当するとの主張について、

農地法施行規則第二条第二項は農地所有権等の移転許可申請は当事者が連名で申請するものとし、但し、競売、公売、遺贈その他単独行為による場合はこの限りでないとその例外を定めている。右規則の目的とするところは、申請に当つて許可に基く移転により農地上の権利を失う者とこれを取得する者の双方の意思を表示させることにより当事者間の権利関係を明確にして以て許可手続の円滑な進行を図り、許可行為に誤のないことを期するにあるものと考えられる。

そこで以上規則制定の趣旨に照し右に所謂単独行為による場合とは如何なる場合を指すかについて考えてみる。右但し書は単独行為と竝列するものとして競売、公売を掲げ、遺贈は単独行為の一例とされているものと解せられるのであるが競売又は公売によつて権利移転の原因を生ずる場合にあつては原因たる事実は公文書によつて明確に証明し得られるのみならず、競売又は公売によつて権利を失う者がこれを取得する者と連名で移転の許可申請をしなければならないものとすると失う者はこれを肯んじないのが一般であり、従つて競売又は公売は遂にその目的を達成し得ないこととなるであろう。右規則が競売又は公売の場合につき当事者の連名を要求しなかつたのはけだし事理の当然である。次に単独行為の一例とされた遺贈は権利者の単独の意思表示であつて、他に何等の証明をも要しない極めて明確な行為であるから、受遺者単独の申請によつて知事が許可しても、権利関係の不明確のため後日紛争を生ずるおそれがないのみならず遺言の効力発生の時には権利を失う遺言者は死亡しているのであるから遺言者の連名を要求することは不可能である。相続人の連名を要するものとすれば相続人が連名を肯んじない限り遺言の執行は不可能となる。従つて遺贈の場合に連名を要求しなかつたのも又当然であるといわなければならない。

ところで、民法上の買戻契約は売買契約の際売主が解除権を留保する旨の特約であり、後日売主が契約解除の意思表示をすると同時に売買契約は解除となり所有権が売主に復帰するものとされているのであつて売主の右権利の本質は形成権であるから買戻権行使の意思表示は売主が単独に行えば足り即ち買戻権の行使自体が単独行為であることは被控訴人主張のとおりである。しかし買戻権発生の原因は前記の如く売主買主間の契約によるものであるからその立証は必ずしも容易であるとはいい難いのみならず契約の成否、効力等について延いては買戻権の効力等について紛争の生ずる虞がないとは保し難く、この場合には前記規則の所期する許可手続の円滑な進行と許可行為の適正は著しく阻害せられるに至ることが明白である。叙上の事実は再売買予約完結権についても同様であつて前記規則の例外として掲げられた競売、公売、遺贈の場合とは雲泥の差があるといつてよい。なるほど買戻権又は再売買予約完結権の行使自体は単独行為に違いない。しかしながらその根底には当事者の合意が前提となつているのである。当事者の合意を前提とする買戻権の行使による権利移転であれば原則に立ち帰つて当事者双方の連名による申請を要するものとするのがむしろ事理に適したものというべく、当事者双方の連名による申請を要求しても格段の差支えを生ずるものとも解せられない。

以上の如く解するとき農地法施行規則第二条第二項但書にいわゆる単独行為による場合とは遺贈の如く権利移転の原因たる事実が極めて明確であつて連名による申請を要求することが条理に合しない場合を指称しているのであつて、買戻権又は再売買予約完結権の行使による場合を含まないと解するのが相当である。さすれば買戻権又は再売買予約完結権の行使による農地所有権の移転につき県知事の許可を求めるには売主買主双方の連名による申請を必要とするものというべくよつて、控訴人が被控訴人に対して県知事に対する本件土地所有権移転許可申請手続の履行を求める訴は訴の利益を欠くとの被控訴人の主張は理由がない。

(二)  控訴人が被控訴人に対して県知事の許可を前提とする本件土地所有権移転登記手続を求める訴の適否。

1、控訴人が被控訴人に請求する給付は控訴人の単独行為によつてなしうるものであり、被控訴人はこれをなしうべき法的手段を有しないから控訴人の右請求は前提条件が不能であるとの主張について。

控訴人が被控訴人に対して請求しているところの県知事に対する許可申請行為は前段に説明したとおり売主である被控訴人が単独でこれをすれば足るものでなく、当事者双方連名の上申請することを要する行為であり、かつ、本件土地が現況農地であることは後記認定のとおりであるから被控訴人の右請求は不能の行為を目的とするものではない。

よつて被控訴人の右主張は理由がない。

2、被控訴人の本件土地所有権移転許可申請に対し、県知事の許可があることは不確実であるとの主張について。

本件において控訴人被控訴人連名の上県知事に対して、本件土地所有権移転許可申請手続をしたとしても、県知事はその裁量に従つて許否を決定するのであるから、その許可のあることが不確実であることは被控訴人主張のとおりである。しかし、条件附請求権(即ち条件の成就不成就によつて請求権の存否が確定するのであるが、現在においては条件の成就不成就が不確実なもの)であつても現在その基礎となる権利関係が存在し、その内容が明確であれば将来の給付の訴の目的となりうるのであるから、本件においても買戻権又は再売買予約完結権の存在及びその適法な行使が立証され、許可のあることを条件として、本件土地所有権の移転が明確となり得る以上、現在において予め給付判決を求める必要のある限り、控訴人の県知事の許可を停止条件とする本件土地所有権の移転登記手続を求める請求も又許さるべきものといわなければならない。従つて被控訴人の右主張は理由がない。

3、被控訴人が本件土地所有権移転登記手続に協力しないことが明らかでないから控訴人が予め請求をなす必要はないとの主張について。

当審証人藤田金一、同藤田富士一の各証言によれば被控訴人は昭和二四年頃訴外藤田金一との間に同訴外人所有の田地一反三畝と本件土地とを交換する旨の契約を結び本件土地はその後右訴外人が耕作している事実が認められる。右事実及び被控訴人が本件において、本件土地所有権移転義務そのものを極力争つている点を併せ考えると被控訴人が適時に履行をなす意思のないことが推認されるから控訴人が将来の給付を求める必要は存在するものと解するのが相当であり、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

二、本案に対する判断

(一)1、控訴人先代高野助一が当時田地(現在登記簿上雑種地)であつた本件土地を被控訴人に売渡したこと、右契約に際し、要旨後記の如き特約が附されていたこと、及び右高野助一が昭和二〇年一〇月一一日死亡し、同日控訴人がこれを相続しその他位を承継したことは何れも当事者間に争いがない。

(1)  被控訴人が本件土地を炭鉱事業のため必要としなくなつたときは速かにこれを原状(田地)に復旧(仕戻)すること、

(2)  右仕戻完了後二年以内に売主たる控訴人から再買受の申込があつたときは買主たる被控訴人は買受当時の賃貸価格(金四三円四四銭)の二五倍の価格を以てこれを控訴人に売渡すこと

そして成立に争いない甲第一号証の一、二、同第三号証、原審(第一回)及び当審(第一回)証人高野シゲ子、当審証人坂田甚槌の各証言によれば昭和一七年七月一〇日控訴人先代と被控訴人の間に作成された本件土地に関する売買契約書には「売買契約を為すと同時に売渡し買主は価格の三割を売主に支払い、残金は据置期間三ケ月後毎月売渡価格の二割を毎月二五日限り支払う。元利金皆納と同時に売主は正式売渡し証書を差出し登記を完了するものとす。」との記載があること、右売渡代金は金一、三〇三円二〇銭であり、最初右代金のうち三割の金員が支払われ残金もその後右約定どおりに支払われていること及び右契約当時の本件土地の賃貸価格は金四三円四四銭であることを認めることができ、他に右認定を覆えしてこれを売買の予約と認めるに足る証拠はない。

よつて、前示契約は控訴人先代と被控訴人を当事者として、昭和一七年七月一〇日売買代金一、三〇三円二〇銭で行なわれた本件土地売買の本契約であると解するのが相当である。

このほか右特約で再買受に要する契約費用について合意が成立したことを認めるに足る証拠はない。

2、ところで甲第一号証の一によれば前示特約中には「買戻」なる用語が使用されていることが明かであるが「買戻」なる用語は売主が一度売つたものを再び買つて自分のものにするすべての場合に使用できると考えられるから右特約にいう「買戻」が民法第三編第二章第三節第三款にいわゆる買戻を意味するかそれとも再売買の予約を意味するかは用語にとらわれることなく、諸般の事情を検討して合理的に決定せられなければならない。そこで前記の特約についてみると本件土地は後記のとおり鉱害地であつたのであるが、右特約により被控訴人は石炭採掘のため必要でなくなつた後は速かにこれを原状に復旧する義務を負い、控訴人は右復旧の後二年内に限り返還を求めることができるものとされていて、民法五八〇条が契約後五年又は十年とその期限を定めているのとは著しく趣を異にする。復旧が十年後に至つてなされることも考えられないことはないのであつて、もし右特約を民法にいう買戻であるとすれば十年後に復旧された場合にあつては控訴人は遂に返還を求め得ないことになり、当事者の意思に添わないこととなる。更に又民法の買戻にあつては売主は買戻にあたり売買代金及び契約費用を提供しなければならないのであるが右特約にあつては控訴人より買戻の申込があれば被控訴人は返戻しなければならないとされていて、この点も民法にいう買戻と趣を異にする。以上の事実を意思表示は不合理でない限りなるべく有効に解釈せられなければならないとする意思表示解釈の原則に照して考えてみると、右特約は民法にいわゆる買戻の特約ではなくて再売買一方の予約であると解するのが相当である。

3、なお、本件土地売買契約は農地を耕作以外の目的に供するため昭和一七年七月一〇日締結されたものであるから、臨時農地等管理令(勅令第一一四号)の適用を受け同令第五条により地方長官の許可を受けなければならなかつたのであるが右許可は売買契約の成立要件でも効力要件でもないから許可を受けなくても法律行為としては有効に成立したのである。ところで昭和二一年法律第四二号農地調整法(同年一一月二二日施行)は第四条において右地方長官の許可を農地所有権移転の効力要件としたのであるが、同法附則第二条によれば従前からの農地に関する契約については登記又は引渡の何れかが完了していないものに限り、右第四条の規定が適用されることとなつている。しかし、甲第一号証の一及び当審証人坂田甚槌、同高野シゲ子(第一回)の各証言によれば売買契約が成立した昭和一七年七月一〇日に本件土地の引渡が行なわれたことが認められるから、本件土地売買契約については右農地調整法第四条の適用はなく、そのまゝ現在に至るまで効力を保有しているものと解すべきである。従つて右売買契約に附従する前記再売買予約が有効であることもまた論をまたないわけで、たゞ現在その権利を行使したことによる所有権の移転が県知事の許可を効力要件とするに止まるだけである。

(二)  甲第一号証の一、及び成立に争いのない同第二、四、五、六、七号証、原審証人山根十一、同為近嘉一、原審(第一、二、三回)及び当審(第一、二回)証人高野シゲ子、当審証人秋村茂、同坂田甚槌(証人高野、同秋村、同坂田の各証言については何れも後記認定に反する部分を除く)の各証言を総合すると、被控訴人は長伸炭鉱の経営者であつたところ、昭和一七年頃本件土地近辺が右炭鉱の採掘により鉱害を受けたのでその復旧並びに補償をしなければならなくなつたが、鉱害補償を減軽する目的の下に控訴人先代から本件土地を買受けその仕戻(復旧)完了後は再び控訴人先代に売渡すことゝして前示再売買予約付売買契約を締結し昭和二五年一二月一日所有権移転登記をなしたこと、右仕戻は昭和二七年度に本件土地の大半を占める一反四畝が同三一年度にうち四畝がそれぞれ完了しており、外観上ほゞ仕戻が完了した如く見えたのは昭和二七年頃であること、その翌二八年二月末頃控訴人の妻の訴外高野シゲ子が控訴人を代理して長伸炭鉱に赴き同炭鉱の右売買契約関係事務の担当係員であつた訴外坂田甚槌に対し、再買受代金を上まわる金二、〇〇〇円を提供して本件土地の返還を申し入れたほか、右高野シゲ子は控訴人の代理人として同年以降毎年農閑期には右炭鉱事務員等を通じて被控訴人に本件土地返還の申入れをしたがその都度仕戻の未了を口実に返還を拒絶され提供した代金もその受領を拒絶されていること、そのため控訴人は昭和三四年一一月二七日再買受代金一、〇八六円及び契約引当金四一四円を弁済供託していること、本件土地は元来農地であつたところ昭和二五年一二月七日地目変更が行なわれ雑種地とされているがその現況は農地であり、控訴人は現に農業を営んでいるものであることを認定することができ以上の認定を覆えすに足る措信すべき証拠はない。ところで前示特約が再売買の予約であることは既に前段において説示したとおりであるから、控訴人先代高野助一の地位を相続した控訴人はたゞ右予約に基く予約完結権行使の意思表示を被控訴人に対して行えば再売買契約の効力が生じ農地法の制限のない限り本件土地所有権は控訴人に移転するのであつて、右効果を生ぜしむるには他に何等の要件も必要でない。しかして、控訴人が被控訴人に対して、本件土地の売渡請求をなしたこと及び右請求が仕戻が完了したとみられる昭和二七年乃至同三一年から何れも二年の予約完結権行使期間を経過していない昭和二八年以降毎年行なわれていることはすべて前に認定したとおりであるから控訴人が行なつた売渡請求は前示特約に定められた要件に従つた適法かつ、有効な予約完結権の行使に当るといわなければならない。(控訴人は被控訴人抗争の如く当初右特約が買戻契約であるが故に買戻権を行使した旨主張し訴訟繋属中昭和三五年七月四日の口頭弁論期日において初めて予備的に右特約を再売買一方の予約とし、予約完結権を行使した旨主張しているけれども右は控訴人において控訴人被控訴人間に行なわれた法律行為の解釈を誤つたにすぎず、控訴人は被控訴人に対し前記特約に基く本件土地の返還を請求したのであるからこれを再売買一方の予約に基く予約完結権の行使と解するのになんらの支障もない。右控訴人の誤解をとりあげて、前記売渡請求が予約完結権の行使ではないとする被控訴人の主張は当を得ない。)従つて控訴人の被控訴人に対する本件再売買予約完結権の行使は爾余の点について判断するまでもなく適法かつ有効なものである。そうすると右権利行使によつて、被控訴人は控訴人に対して本件土地所有権を移転すべき義務を負うことになるが、本件土地は現況農地であるから先ず、県知事に本件土地所有権移転の許可申請をなし、その許可を得なければ所有権移転の効力を生じさせることはできない。右許可申請は控訴人被控訴人が連名でこれをなすべきこと前段説示のとおりであるから、被控訴人は県知事の許可を得るに必要な一切の手続をなす義務を負担するものというべきである。

また、被控訴人は本件土地につき所有者として登記名義を有するものであるから県知事の許可により、本件土地所有権が控訴人に移転したときはその所有権の移転登記に協力すべき義務を負うことも明らかである。

なお、控訴人は被控訴人が本件土地再買受代金の受領を拒絶したゝめ右代金(売買契約当時の賃貸価格四三円四四銭の二五倍即ち金一、〇六八円)を弁済供託したのであるから更めて右代金を提供する必要はないわけである。

(三)  よつて控訴人の本訴請求はすべて理由があるものとしてこれを認容すべく、これを棄却した原判決は結局失当であるから民事訴訟法第三八六条によりこれを取消すことゝし、訴訟費用の負担については同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 石井恒)

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